いいね~ その4
ナショナル・ギャラリー
ルネサンス以降、19世紀までを中心とするヨーロッパ各国の絵画コレクションをもつ。
1825年に創設されたイギリスが世界に誇る美術館。
ロンドンの名所トラファルガー広揖に面して建ち、芦の高いギリシャ風のコリント式円柱のペディメントと、いくぶん小さめのドームが目印です。
ナショナル・ギャラリー
ルネサンス以降、19世紀までを中心とするヨーロッパ各国の絵画コレクションをもつ。
1825年に創設されたイギリスが世界に誇る美術館。
ロンドンの名所トラファルガー広揖に面して建ち、芦の高いギリシャ風のコリント式円柱のペディメントと、いくぶん小さめのドームが目印です。
バーリントン・アーケード
フランスに続いて、19世紀前半からチャーミングなショッピング・アーケードができた。
明るいガラス屋根で覆われ、ショーウインドウが連なり、今も賑わいを見せている。
他に同時代ではナッシュのロイヤル・オペラ・アーケード(1816~18年)がピカデリー駅近くにあり、ヴィクトリアン様式のロイヤル・アーケード(1879年)はボンド・ストリートにある。
ピカデリー・アーケード(1909--10年)はバーリントン・アーケードの増設。
アプスレイ・八ウス
アダムがアプスレイ男爵のために建てた邸宅だが、後にウェリントン侯爵のためにワイアットにより、ワーテルローの間など当時流行のルイ16世様式の豪華な部屋が加えられ改築。
アダムによる階段ホールや*ドローイング・ルームなども残る。
1947年に寄付され修復して公開。
サマセット・ハウス
当時の政府の大オフイスビル計画の一環として建造。
1989年に印象派などの絵画コレクションで名高いコートールド・ギャラリーがロンドン大学より移転。
イタリアのルネサンス建築に学んだ外観に、室内は天窓のある階段ホール・天井画とプラスター・ワーク、暖炉の装飾などにフランスのルイ15世様式の影響も見られます。
78年より活動を開始したJARの方はこれと正反対であくまでもデザイン・アイデアを創造し、それをパリの名工たちに作らせるというコンダクター的な役割に徹したジュエラーです。
彼はすでに消えた技術と思われていた銀を硫化さしっこくせて漆黒にした素材を好んで使い、その上に全く隙間のないパヴェ・セッティングでダイヤモンドや色石をセットする。
全体として異様な迫力に満ちたジュエリーで、一度見たら忘れられないそうです。
両者共に全くのジャーナリズム嫌いで、一切会わないが、買いたい客は門前に列を成しています。
しかし、彼らを知る人は日本にはほとんどいません。
コーツは金属工芸を学ぶのと並行して音楽をも専攻し、わずか28歳で音楽関係の博士号を取得。
彼は西欧の神話や伝説、歴史などにデザインの根源を求め、彫刻にも近い立体的なジユエリーを作り続けました。
きわめて寡作であり、製作のほとんどすべての工程を自ら行います。
その作風は鬼面人を驚かすものであるが、単に奇抜さを狙ったお粗末なものではなく、技術的にも内容的にも西欧の伝統をしっかりと踏まえた、20世紀の代表的ジュエラーです。
あまりにも寡作なために、商売にならない競売会社などは無視しようとするが、間違いなく21世紀にはアンティークとなる。
19世紀末から20世紀にかけて、市民階級が顧客に参入したことによりジュエリーの市場は爆発的に拡大したが、それがまた第二次大戦後の高度成長期に日本などの新興市場が参画したことでさらに爆発しました。
しかし、数量的には拡大した市場ではあるが、そこに棲む宝石商たちのレベルは間違いなく低下し、個性のあるジュエリーを残すデザイナーは激減。
そのなかで、現存するアーティスト・ジュエラーとして最も個性的なお二人がいます。
一人は英国人のケビン・コーツ(1950年生)であり、もう一人はパリに住むアメリカ人のJAR(ジョエル・アーサー・ローゼンタールの略、生年不詳)です。
評価の定まった過去の天才を賛美することは簡単であるが、今いるかもしれない天才を言い当てるのは至難の技です。
どうしても主観や利害が絡むし、逆に評者自体の資格も決定的とは言えません。
それでも、やはり天才は今もいるのであって、50年、100年も経てば、そのジュエリーは20世紀のアンティークとして認められるでしょう。
過去の天才、チェリー二やカステラー二、ファベルジェ、ラリックなどと並ぶ20世紀後半の天才は誰なのか、気になることころです。。。。
置時計や煙草入れ、文房具などの実用の具がジユエリーと同じ素材と技術で作られました。
腕時計もまた20世紀の初め頃から登場し、それまでタブーとされていた女性が公式の場で時計をのぞき込むことも、堂々とできるようになります。
最初は小型化という機能を中心とした腕時計は時代とともに宝飾品化し、1910年代にはもうダイヤモンドを埋め込んだプラチナ製のものが出現しています。
この傾向が今日まで少しも変らずに続いていることは、ご承知の通りです。
こうしたジュエリー紛いの実用品は今ではもう作られず、また市場もない。
それが2度の大戦問の時代に、堂々と作られ、売られ、使われていたことを思えば、この時代の女性たちの意気込みのすごさには感動を覚えます。
20世紀に入ってから、こうした女性用の小物入れバッグはヴァニティ・ケースと呼ばれた。
形状はさまざまあるが、化粧道具や櫛、手鏡などが入れられ、1910年代後半から女性の喫煙が公認されるようになると、喫煙具も入れられました。
初めはせいぜいがモノグラム入りの金製のものであったが、カルティエやヴァンクリーフ&アーペル社の先導のもと、七宝や東洋からもたらされた弱翠や珊瑚の板などが張られるようになります。
七宝よりも柔軟性のある漆なども登場し、黒の漆や七宝を背景にプラチナとダイヤモンドで作ったモティーフなどを装飾した凝った作りのヴァニティ・ケースが作られます。
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